読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ファイル&チェック… by idest

牛は飼料を何度も噛砕き、人は資料を気が済むまで噛砕く…そんなスタイルのスペースも好い‥😻

いっただきまーす (@ ̄¬ ̄@)

今週のお題 おやつ

 

私が珍しく勉強してるのがよっぽど嬉しかったのだろう。『お菓子を食べなさい』と言いながら盆に乗せたオヤツを持ってきた母がニコニコ笑顔で立っていたっけ‥今週のお題「おやつ」が私の心を癒してくれたのか、遠い母のオヤツにまつわる記憶が私の心を癒してくれたのか‥恐らくその両方だけど、私は母の言いつけに素直だった記憶がほとんどなくて、いつでも悩ませるか心配かけてばかりの悪い子だった。いやいや、デキの悪い子ほど構ってもらえるってこともお陰さまで私は身を以って知っているのです。

食べても食べても無くならない、それどころか大きく育って年々膨らむ美味しいおやつ‥それには(母の)真心がこもっていたのだろう。こんな文章に触れると「自分の親はもっと素晴らしかった」という人はいるだろうし、逆に「自分には辛い記憶しかない」という人もいらっしゃるだろう。ここで私は素敵な記憶を持つ人に触れて綴(つづ)る意味を感じなくて、それで詰らなかった記憶について少し考えてみたい。ツライ記憶‥机の前に座ることのナンテ詰らなかったこと。叱られることのナンテ詰らなかったこと。

私が珍しく勉強していた(これは自発的と云うのだろうけど‥)のは必要性に気づいた訳でなく、また親の顔を立てたのでもなく、ただ何となく本を開きたくなったと云うだけのこと。オヤツを食べるのは必要だからでなく、親に言われたからでもなく、心か身体がオヤツを求めたから‥そういう感じで勉強机に向かっていたのだから、オヤツを食べたらサッサと遊びに行くように、母のオヤツを食べた勉強机に満足した私で‥そんな呆気ない勉強の仕方であっても、母には嬉しく嬉しくて堪らない感じだったなあ。

机に向かう習慣が付いたのは母が亡くなったズゥーと後だけど、今も机に向かう習慣が抜けなくなってしまった私のようで、これは言い換えると、私は食い意地が張っていて机に向かえば母のオヤツに有りつけるからかも知れない‥私の場合、そんな結論になるかなあ。自分の母に関することだから私は大仰(おおぎょう)に感じたことを味付けしたかも知れないが、いやいや、今さら母を良く言ったところで母への親不孝を償えるわけでなくて、その分、江戸の仇(私)を長崎が討ってる気がしないでもない。( ;∀;)